2009年06月01日

三友化成工業株式会社 様

DSCF0894.JPG第8回は、従業員数50名、沼津市東椎路でプラスチック成形加工を行なっていらっしゃいます
三友化成工業株式会社 様をご紹介いたします。
市川雄史社長にお話をお伺いしました。


Q.昨年11月に社長に就任されたばかりですが、社長に就任された経緯を教えてください。
先代が退任することになりまして、先代の意思を継いでさらに会社を盛り立てていこうと思い、先代の義弟だったということもあり、社長に就任しました。


Q.社長への就任を決断したものは何だったのでしょうか。
社長を受けるにあたり、周りの人からはずいぶんと心配をされました。就任当初は、いろいろなことを考えて眠れずに夜中に外を歩き回っていたこともありました。ただ、私は会社で仕事をしていることが好きで、仕事が趣味のようなところもあります。
また、今まで社員として現場を見ていたので自分なりの目算があったことも決断に至ったことの一つです。


Q.社長に就任後、ご苦労されたことはなんでしたか?
新しい体制で行なっていく上で、今まで役員だった方々に身分の面や報酬の面についての話をしなければなりませんでした。相手にとっては受け入れにくいことでありましたので、お互いの考えの中で、調整が思うようにいかず、納得できずに辞めていかれた方もいます。それが就任してすぐの仕事でした。


Q.就任されて社員との関り方が変わったと思いますが、信頼関係をどのように築かれていますか?
DSCF0895.JPG会社とは、一人ひとりが力を合わせてこそ成り立つものだと考えていますので、その力が最大限に発揮されるように、社員のみんなに気持ちよく働いてもらう環境をつくることが社長の使命だと思っています。
そのため、毎朝工場内を一人ひとりに声を掛けて回ります。会話をすると、社員がどのようなことを考えているかを直接知ることができます。もともと私が社員だったということもあり、気軽に問題点や疑問点を言ってくれたり、提案をあげてくれます。
また、月次の会計をオープンにするようにしました。前までは、売上や利益は、社員は知らされていませんでした。今は社員の誰でもが見ることができるようにしました。そうすることで社員同士の会話も生まれますし、自分の労働がどのように会社の利益に反映しているのかがわかることでモチベーションにも繋がっていきます。


Q.御社はプラスチック成形加工を得意とされていますが主力商品のご紹介をお願いします。nc_gpb01Photo0320070226065536[1].jpg
IT関連のプラスチック製品に特化しています。液晶画面を入れるプラスチックトレイを製造しています。小型ゲーム機の画面から、32インチのテレビの大きさまで幅広く取り扱っています。
国内需要が安定していた9月頃までで、30〜40%の国内生産シェアがありました。
また最近、特許が切れる製品に注目し新規事業を立ち上げ、力を入れている製品があります。新規参入のいろいろな弊害もあり、またお客様との調整で、計画が1年遅れていたのですが、就任して1ヵ月後にようやくスタートすることができました。
後発参入であるため製品に対するお客様の要望は強いのが現状です。レベルの高い製品を作って欲しいというリクエストに応えるため、技術者と社内で綿密な話し合いをしてお客様にご提案できるよう努力しています。
幸いなことに、新製品立ち上げから今までクレームが1件もありません。イコールお客様の評価は高いともいえると思います。これからも、お客様の声を反映させながら、より高いレベルの製品を作っていきたいと思います。
今後は年内にはあと2台機械を増やし、フル稼働させていき、業界内でのシェア率を徐々に増やしていくことで今後の事業の柱になっていけば良いと思います。


Q.現在の不況による影響はいかがですか
新規事業が立ち上がったことで落ち込んでいる部門をカバーしています。
また、社員のみんなが細かい仕事も拾い集めてやってくれています。大変だと思いますが、何も言わずにやってくれていることで厳しいこの時期を乗り越えている状況です。


Q.今後の経営方針を教えてください。
事業計画としては、真空部門と射出部門、それと先に紹介した新規事業部門の3つの柱があります。将来的には新たにもう一つ柱となる部門を作り、リスク分散しながら事業を進めていく予定です。そのために世の中の流れを先読みしていかなければならないと思っています。DSCF0897.JPG
社内的なこととしては、先代からの言葉「和」の精神を受け継いでいきたいと思います。馴れ合いではない仲間意識を持ち、社員が個々の力を合わせて一致団結することで会社が成長していくイメージです。




〜インタビュア西尾より〜
市川社長の就任は、相当な葛藤があっての決意ではなかっただろうかと思います。市川社長のように、従業員50名余りの会社を背負う覚悟ができるだろうかと考えると、少なくとも私はそのような勇気はありません。市川社長のチャレンジとも言える決断は、素晴らしいものだと思いました。
内部体制の整理、また新規事業の立ち上げなどに着手する一方、社長自ら率先して社員とのコミュニケーションを図りながら、会社を変えていこうとしている社長の姿に感銘を受けました。
弊社としても、今後労務面のサポートでお役に立てれば幸いだと改めて思いました。

三友化成工業株式会社様のHPはこちらから↓
http://www.sanyuukasei-pl.co.jp/pc/index.html





posted by nishi at 15:26| 日記

2009年04月28日

有限会社エス. 様

第7回は、癒しのスパサロンやアロマエステサロンを国内に4店舗と総合美容学院を持つ、
「有限会社エス.」様をご紹介いたします。
曽根原容子社長にお話をお伺いしました。soneharashatyo2.JPG




Q.曽根原社長は独立される前にお勤めだった会社で「会社の全盛期を築いた最強のマネージャー」と呼ばれていたとお聞きしましたがその当時のことをお聞かせ下さい。
1987年にマッサージ師・鍼師・灸師の資格を取得しました。その後、東洋医学技術研修センター研究員として主に女性の自律神経失調症や婦人科系疾患の治療にあたりました。東洋医学と美容の融合に興味を持ち、1991年に東洋美容のスリムビューティハウスに入社しました。同社では東洋概論の研修を担当し、東洋美容を中心とした痩せる理論を学びました。
3年連続でベストカウンセラー賞を受賞するなどの業績が認められ、29歳で西日本統括部長に就任し、静岡から沖縄までの約60店舗の売上管理や人材育成を担当していました。年間80億円の組織を動かした経験は、今となってはとても貴重です。あんな時代はもう二度と来ないかもしれない。ここで学んだノウハウが今の経営にも活かされています。


Q.その後、今の会社を立ち上げられたのですか?
キレイになるには身体の外側からのケアだけではなく、ストレスを取り除き、身体の中から改善しなければ美しくならないと考え、アロマセラピーを習得しました。
1999年に独立して鍼灸治療院併設のアロマサロンを開業しました。しかし大手エステティックサロンの営業方法しか知らなかったことと時代の変革期も重なり、一度はクローズしました。その後スリムビューティハウスに復職してマネジメントに従事しながら経営学を徹底的に学び2年後に再度今のナチュラルセラピーサロンesをオープンし現在に至ります。


Q.2度目のサロンが大成功を収めた秘訣は何だったのでしょうか?
経営者としての心の持ち方、責任感が以前とは全く違います。お客様のことを第一に考え、満足度を高めたことが最大の勝因です。お客様がして欲しいと思うことを、言われる前にやる“かゆいところに手が届くサービス”をするのがプロです。
満足度が上がれば自然と口コミや紹介で広がり、広告に頼らずお客様を増やすことができます。
ここが前回との最も大きな違いです。さらに時代に合ったコンセプトを明確に打ち立て、メニュー内容を見直し、技術や接客・マナー・営業研修を強化しました。自分が現場にいないことを前提に、信頼できるマネージャーを育て、磐石な組織作りにも力を入れました。


Q.それぞれのサロンの特徴を教えてください。
sejutuimeji.jpg当社が手掛けるサロンはいずれも鍼灸治療院を併設し、東洋医学に基づく手から出る“気”と“技術”を用いたアロマセラピーで、身体の中からキレイになることにこだわっています。
沼津市と三島市の「ナチュラルセラピーサロンes」に加えて、伊豆長岡ホテル天坊内に併設するスパゾーン「あっぱれ癒し坊」そして東京表参道の「エスアローム青山」ではアロマサロンの中に和のイメージを取り入れて、美顔鍼との組み合わせが人気です。


Q.エステ業界では幹部が男性という場合が多いと思いますが、貴社は管理職が全員女性であるとお聞きしました。
そうですね。女性も男性も関係なく、能力があればそれに適した配置をしていくことで、より能力が伸びていきます。社員が増えた今も社員1人1人の意欲や成長を見てタイミングを考えて昇格や異動をしています。


Q.貴社は出産しても働き続ける方が多くいらっしゃいますね。
現在も、第二子を出産して現場へ戻る準備をしている者もおります。エステティック業界は、入社1年もすると約半数が離職すると言われるほど離職率が高い業界ですが、創業から7年経った今も、創業メンバーが育児と仕事を両立させながら現役で働いています。
私自身が出産し子育てしながら社長業をこなすことで、社員も育児と仕事は両立できるのだという安心感と、そうするのが当たり前という共有の価値観ができたからだと思います。


Q.総合美容学院「静岡ビューティカレッジ」について教えてください。
女性の社会進出とエステティシャンの技術・地位向上を目指して2004年に開校しました。6つの学科があり、将来起業を目指す人や資格を活かして就職したい人のためのプロコースと、家族や自身の健康管理を目的としたカルチャーコースがそれぞれあり、個々のニーズに合わせて選べるように工夫しています。また、手技によるマッサージに特化し、技術や知識だけでなく人間性を磨くことにも重点が置かれた実践的なプログラムが好評をいただいています。
年間100人を超える卒業生の就職率は100%、起業を希望する人へのバックアップ体制も万全です。
エステやアロマサロンは女性が一生やれる仕事、女性だからできる仕事です。だからこそ手に職をつけ、自信を持って生きて欲しいのです。


Q.曽根原社長は社員育成や女性のステップアップ塾の講師など女性のキャリア支援を積極的にされていますがなぜそのようなことをはじめようと思われたのですか?
女性が自分のやりたいことを見つけて、イキイキ輝いている姿を見るのが私の生きがいです。kougihuukei.JPG
女性がこれからの生き方を考えたとき何をしたらよいかわからない、という人に方向付けをしてあげたいのです。考え方や生き方を知ることによって人生の選択の幅が広がれば人生がより楽しくなるはずです。
これからも女性が外見的にも内面的にも美しく生きるための支援をしていきたいと思っています。



〜インタビュア西尾より〜
女性は、仕事を始めても結婚、出産によって自分のキャリアを中断してしまう傾向にあるといえます。
それは、結婚、出産という時期の前に仕事の面白さを知らないからだと曽根原社長はおっしゃっていました。「若い時期に仕事のやりがいや面白さを知れば、結婚、出産があっても、活き活きと仕事を続けることが可能になる、それを知って欲しい」というお話に説得力を感じました。
少しでも多くの女性が仕事と家庭を両立した生き方ができるために、チャンスを与えながら育成していらっしゃる曽根原社長は、魅力的な女性であり、経営者だと思いました。
有限会社エス.様のHPはこちらから↓
http://es-es.jp/index.html


posted by nishi at 18:13| 日記

2009年04月06日

駿興製紙株式会社 様

第6回は、清水区興津にあります、段ボール用原紙製造を行う
「駿興製紙株式会社」様をご紹介いたします。
一昨年事務所を新築されたそうで、明るく広々とした会議室に通していただきました。
3代目社長の兼子裕章社長にお話をお伺いしました。
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Q.御社の特徴を教えてください。
主に段ボールの外側と内側に使用する原紙を作っているのですが、一般的な段ボール原紙に比べ弊社が製造している紙は薄いのが特徴です。このような薄い段ボール原紙を生産する会社は日本に3社しかありません。薄いということは、原材料も、使用するエネルギーも少量で環境にも優しい利点があります。
そして、大手製紙会社とは違い、小型の機械のため小回りが利くので新たな製品を作る際にテストを行う上でもロスが少なくて済みます。
また、私の叔父がグループ会社として古紙問屋を経営しており、原料である古紙を安定的に仕入れることができます。様々な種類の古紙が揃っているので、お客様のニーズに合った製品の古紙原料を調達することが可能なのです。
グループ会社内に運送会社もあるため、納品した際にお客様先で出た段ボールの端紙を回収しそれを再利用しています。古紙問屋、運送会社、製紙会社がグループとしてのメリットを最大限に享受し合っています。


Q.現在不況下にありますが、御社はいかがでしょうか。
不況で物流量が減っているため、段ボール原紙の受注も減っています。ただ、弊社は主に食品を運ぶための段ボールの原紙を作っているため、このような不況下でも比較的安定した需要があります。
また、段ボールメーカー等も不況下にあるのでコストダウンを考え、薄くても支障のないものは今までより薄い段ボールに移行するという所も増えてきており、お問い合わせをいただくことが多くなっています。
このような不況の中ですが、新しい試みも行っています。リサイクルを意識されているお客様の要望で、お茶缶の段ボール用に茶殻を混ぜた段ボール原紙を作ったり、コーヒー缶の場合にはコーヒー豆の豆ガラを入れたりしています。


Q.社長になられてまだ数年だそうですが、どのような経緯で社長になられたのですか?
前社長の父の急逝でその後を引き継ぎました。就任してから3年経ちました。


Q.社長はまだ若くていらっしゃいますが、製紙業についての知識や経営者としての視点や心構えなどはどのように学ばれたのですか?
以前は外資系の商社で、紙の加工機の輸入の営業をしていましたので、その時の経験が生かされていると思います。その当時のお客様とは現在もお付き合いさせていただいています。
経営については、特別に学んだわけではありませんが、古紙問屋を営む叔父や叔母から学んだところが大きいと思います。


Q.前社長の体制を変えなければならない部分もあったと思います。古参社員との軋轢のようなものはなかったのですか?どのように調整していかれたのですか?
やはり会社として業績を伸ばしていくには、変えなければならないところが多いのは事実です。でも急に変えてしまうと社員のモチベーションも下がってしまう可能性もあります。自分も以前はサラリーマンだったので社員の気持ちもわかるんです。だからそれを考慮して少しずつ時間をかけて直していくという方向でいます。
また、私も現場に出て社員の意見を聞くよう努めています。また、実際現場の作業に携わることもあります。もともとデスクにいられるタイプではないですから(笑)。


Q.これからどのような会社にしていきたいですか?
段ボール原紙の市場は紙の中では安いので薄利多売なのですがこれからは同じ段ボール原紙でも大手との違いである小回りの利く設備を活かして高い付加価値のあるものを生産していきたいと思っています。今はそのための研究、実験をして種まきをしている期間です。他社では作れない紙を作ることで事業を発展させていきたいと思います。
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〜インタビュア西尾より〜
関連会社から原材料を安定的に優先的に調達できることでの優位性、また日本に3社しかない薄い段ボール原紙を製造しているという稀少性、そして段ボール原紙製造会社で最も小さな会社であるという小回りが利くこと、その3点が会社の大きな強みであると感じました。
また、この厳しい状況下にあって、将来への種まきとして、商品開発、顧客開拓など新しいことに取り組まれていることには驚きました。
社長の妹の育巳さんが総務や管理面で会社を支えており、社長と二人三脚で会社を盛り立てていらっしゃいます。急な社長交代からの苦労を共にしていらっしゃると思うので、社長にとってはとても心強い存在ではないでしょうか。
お話をお聞きして、今後の成長が期待される企業であると感じました。
お二人で力を合わせてさらに飛躍していっていただきたいと思いました。
posted by nishi at 15:20| 日記

2009年02月23日

大村興業株式会社 様

第4回は、社員80名、3工場を所有し、医薬品や化粧品の受託製造を中心にプラスチック製品の組立て、食品包装、その他多岐にわたる製品の組立て、検査、梱包(アッセンブリ)業務を展開されております大村興業株式会社様をご紹介します。


大村保二社長にお話をお伺いしました。


Q、アッセンブリの業態を中心に、多種多様な事業を展開されていらっしゃいますね。
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スタートは、プラスチック組立ての内職からの事業でしたが、常に変化をしながら成長してきました。
近年では、海外生産が進み、これは時代の流れなのでやむを得ませんが、海外生産では対応できないものも当然あるので、国内に残る事業は何なのか、どんな業界なのか考えてきました。
また、国外に出てしまったものでも国内での検査を必要とする製品もあることに着目し、検査の分野にも力を入れてきました。
そのように時代のニーズ、お客様のニーズにも応えられるよう、多角的に事業を展開しています。


Q、変化に対応することはとても難しいことだと思いますがその秘訣はありますか?
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やはり事業は変化が必要だということをよく認識して意識的に多方面に目を向けていることではないでしょうか?
例えば一昔前は受注が多かったワープロのリボン。ピーク時には売上比率の65%を占めていました。
その後パソコンに押され除々に受注が減っていき、今では取り扱っていません。
そうなれば新分野にシフトしなければなりません。
そういった時代の流れや世の中の需要に対応して、それに変わるべく医薬品製造の受託や他のアッセンブリ事業を手がけました。
そして、企業は「事業は継続すること」が一番大事だと考えています。
そうしないと社員とその家族を幸せにできなし社会に貢献することもできないからです。
それが私の理念でもあります。
その理念があるからこそ時代の流れとともに新しいものへ目を向けてこれたのだと思います。


Q、数年前に本社工場が全焼する火事がありましたが、事業を縮小することなく継続された当時の状況について教えてください。
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本当に大変でした。しかし3工場あるうちの1工場での火事だったということで、事業を分散していたことが不幸中の幸いでした。
また、パートさんを含め1人も退職することはありませんでした。
社員が一丸となって復興に努めてくれた事が私を勇気づけました。
また、私の理念である「企業は継続する、発展させる」という考えが前提にあったから、そこであきらめることなく続けられたのだと思います。


Q、今後の事業展開について少しお聞かせ下さい。
県東部でファルマバレー構想も進む中で、健康に対する意識がますます高くなってくることも考え、今後は健康関連事業も視野に入れていきたいと思っております。


〜インタビュア西尾より〜
内職から始まった事業が紆余曲折を経て今に至っているという、大村社長が着実に経営をされてきた軌跡を知ることができるインタビューでした。
「危機管理は常に心がけている」とおっしゃっていました。現状に甘んじず、意識の中に新しいものを取り入れていこうとする気持ちを常に持ち続けることは並大抵ではできないと思います。これからもますます変化の激しい時代が押し寄せる中で、大村興業さんは変わりながらまた、守るべきところは守りながらさらに成長されていくことを感じました。
大村社長はとても温厚で優しい方です。
火事のときにも従業員が支えてくれたとおっしゃっていましたが、きっと大村社長のお人柄がそうさせたのだと思いました。
大村興業株式会社様のHPはこちらから↓
http://www.omura-kogyo.co.jp/index.html







posted by nishi at 17:00| 日記

本田さくら眼科 様

第2回目は、沼津市大手町で眼科医院を開院されております本田さくら眼科様をご紹介いたします。
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街中のビルの2階にあり、階段には、足の不自由な方でも不便のないよう昇降機が据付けてあります。2階に上がり入り口を入ると、大きなオルガンが目に入ってきます。
明るく清潔な雰囲気の待合室です。




●院長の本田治先生にお伺いしました。


Q、主にどのような治療をされていますか?
白内障、緑内障、網膜剥離等の一般的な眼科診療以外に、眼のできもの、傷痕等の形成外科的治療を行っています。
円錐薄膜等の特殊な乱視に対するコンタクトレンズ治療も行っていて、この数では県内で一位、二位を争うくらいです。


Q、最近ではコンタクトレンズを誰もが簡単に買えるというイメージですが、そのあたりの先生のお考えをお聞かせ下さい。
コンタクトレンズは誰もが使えるものではありません。
基本的には危険を伴う高度管理医療機器なので代替の方法があればそのことも説明していきます。
希望等をお聞きし、危険を伴うものという認識を持ち、慎重に扱うことができる患者さんに処方するというスタンスを取っています。


Q、先生の治療方針は?
一人ひとりの患者さんへの内容を充実させて診療すること。
患者さんのためにならないことはしない、曖昧なことは言わない。
ダメなものはダメ、そしてなぜダメなのかということを理解してもらえるようきちんとお話をします。
患者さんを変にお客様扱いしないようにしています。
『くせがある』と言われるかもしれないけど・・・(笑)


Q、スタッフの皆さんの対応が素晴らしいですね!
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正社員とパートの方がバランスをとり、お互いの身分を認め合いながらやってくれています。





Q、最新技術についてどうお考えですか?
最近ではレーシックなど、革新的な技術がありますが、必ずしも良い面ばかりではありません。
当院は、客観的に見ながらあくまでも町医者としてオーソドックスな治療で地域に貢献していけたらと思っています。


Q、待合室にオルガンがあるのは、珍しいですね。
妻の趣味で、医院のスペースを使ってミニコンサートを開いています。
今年は忙しいため開催できませんが、また落ち着いたら開催しようかと思っています。


Q、最後に一言お願いします。
眼のことなら何でも気軽にご相談下さい
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〜インタビュア西尾より〜
本田さくら眼科さんと当事務所とのお付き合いは、本田先生が前医院より独立されるときに諸規程の整備や実務的な面において小早川がお仕事をしてからのお付き合いになります。独立の際には色々整備することが多くあり、連日、閉院した後の夜7時頃から先生と小早川が打合せをしていたのを私は知っていますので、開院されたのはうれしく思います。
先生のお言葉で「患者さんを変にお客様扱いしない」とおっしゃっていましたが、時には厳しく対応することも全て患者さんのためという思いやりの心を感じました。
医院内の雰囲気もとてもいいですので、目で気になることがあれば本田さくら眼科さんを私はおすすめします。私も視力が落ちてきているのを感じているので近々お世話になりそうです。
本田さくら眼科様のHPはこちらから↓
http://home.att.ne.jp/apple/kousaikai/sakura/





posted by nishi at 10:56| 日記

2009年02月17日

さすぼし蒲鉾株式会社 様

記念すべき第1回目は、明治23年創業、由比の老舗かまぼこ屋、

さすぼし蒲鉾株式会社 様です。

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(昭和初期の集合写真)

かまぼこ製造を基盤に、静岡では誰もが知るあの黒はんぺん(うみゃ〜)
の製造販売、各種惣菜の製造販売もされています。
パートさんを含め25名程の従業員さんが働いていらっしゃいます。

今は新工場が稼動していますが昔からの本店も健在で(写真下)
伝統を受け継ぎながら東京、さらには海外へと幅広く事業展開されています。

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  (現在の本店)

創業以来5代目となる古牧久弥社長にお伺いしました。

Q、御社の特徴とは?
「創業以来長年この由比という土地でやっているので地域に根ざしている会社といえると思います。愛されているかはわからないけど・・・(笑)」

Q、社長のモットーを教えてください
「地域に愛されるかまぼこ屋!です」

Q、一押しの商品の紹介をお願いします
「黒はんぺんですね。でもベースはやはりかまぼこ。東京でも認められたかまぼこの技術があるからこその黒はんぺんだと思います。」

Q、今後の事業展開、方向性を教えてください
「根底にあるものはかまぼこ製造の技術。これを伝承していくことで黒はんぺんもつくっていくことができる。それらを柱に、新しい時代の流れに合った惣菜を作りながら古いものと新しいもののバランスをとっていきたいと思っています」

Q、最後に会社のアピールを一言
「黒はんぺんならさすぼし!!」


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                      (大人気!黒はんぺん)


〜インタビュア西尾より〜
はんぺんは黒いのが当たり前と思っていたほどなじみの深いこの黒はんぺんは、さすぼし蒲鉾さんのように歴史ある企業によって大事に作られ、長い間地元の味として親しまれてきたんだなということをしみじみと感じました。一つの味を変わらずにつないでいくことは想像以上に大変なことではないでしょうか。由比はじめ県下の舌の肥えた人たちの厳しい審査を通って今でも愛されているということですものね。でも、今あるものにとどまらず、今は香港や台湾などグローバルに事業を展開していらっしゃいます。これからも新旧の良き味を守り、伝えていっていただきたいと思いました。
さすぼし蒲鉾株式会社様のHPはこちらから↓
http://www.sasuboshi.ne.jp/





             
       




























posted by nishi at 19:45| 日記